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Apr 17 2014
何年も前から 「OpenSSL はサルが書いてるんだろう」と揶揄していたとおり、OpenSSL コードの品質が低いことを OpenBSD 開発者たちは知っていましたが、それが 意識や責任感の問題だという確信はまだなかったのかもしれません。 OpenBSD にはメモリ防護機構がありますので、Heartbleed 脆弱性があっても当初、 malloc.conf に J オプションを付ければ free 済みメモリはシュレッダーにかけられ秘密は漏れないだろうと思ったそうです。しかし実際には効きませんでした。OpenSSL は独自の freelist を管理することで、脆弱性緩和策を回避し、確実に脆弱になるように書かれていたのです (拙訳)。しかも、オプションで普通の malloc/free を使うようにすると動作しません。それは freelist に捨てたメモリを拾い直しても内容が同じであるという前提のコードだったからです。つまり OpenSSL は、速度のためにセキュリティを犠牲にするオプションを追加し、それをデフォルトにし、それを無効にした場合のテストをしていなかったということになります。こうした事情を考えた結果、それまでは上流とマージしやすい状態を保っていた OpenSSL を、今後は OpenBSD 独自にメンテナンスすることに決めたということのようです。

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Apr 16 2014

ある程度以上の年齢の方は、『超能力者』として名をはせたユリ・ゲラーを覚えておられるだろう。その『超能力』は、何人もの科学者によって支持され、ネイチャーにまで、それを証明したという論文が掲載された。しかし、超能力者バスターとして知られるジェームズ・ランディーは、ゲラーの『超能力』は、すべて単純な手品を使って再現できると看破した。

どんな手品師も、科学者ほど騙しやすい者はいないと言うだろう。
ゲラーは証人として科学者を好み、手品師の前では演技を行わないのだ。科学者は知的、社会的な訓練を受けているため、手品師にとっては最も欺きやすい種類の人間である…

科学者、なめられとったのである。返す刀で、研究機関に対しても手厳しい。

若手の研究者がデータをいいかげんに取り扱ったことが明るみに出ると、そのような逸脱行為によって信用を傷つけられた研究機関は、自体を調査するための特別委員会を組織することが責務であると考える。 <中略> 委員会の基本的な役割はその科学機関のメカニズムに問題があるわけではないことを外部の人びとに認めさせることにあり、形式的な非難は研究室の責任者に向けられるが、責任の大部分は誤りを犯した若い研究者に帰されるのが常である。

さらに、その理由もあげながら、再現実験の難しさについても言及されている。どうだろうか。STAP騒動で見聞きしたような、あるいは、これからおきるかもしれないようなお話ばかりだとは思われないだろうか。この本の原著は、30年前に出版されているのだ。あらためて読み直して、正直なところ愕然とした。自分のふがいなさも含めて…

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80年代の女子大生ファッション*1JJを始めとする女性誌と共に広がったけど、今の女子大生はもう、雑誌を読まないのです。彼女たちがおしゃれの参考にするのは好きな有名人のブログや、街行く人々。雑誌を買うのは付録のためだけです。



米澤泉氏はこれを、「女性誌はブログとフロクに行き着いた」と評しています*2特定のモデルを支持する女の子たちは、そのモデルが雑誌で着ている服が所詮、モデル本人ではなくスタイリストが考えたものだと気づいているわけです



モテ系女性誌Cancamのモデルの私服なんて、全くといってよいほどモテ系じゃないですしね。むしろモード系だったりする。だったら直接、モデルのブログを見たほうが早いのです。雑誌よりずっと素の姿に近い彼女たちを見ることができるから。まあブログだって所詮幻想かもしれませんが、雑誌の幻想よりは多少なりともリアルなのでしょう…。



ところで、agehaの中條さんはとある人気女性誌編集長に「付録はシャブよ。一度入れたら抜けられなくなる」と言われたことがあるそうです。抜けられなくて苦しむ編集者が沢山いるとか。付録が重くなればなるほど、雑誌の中身は軽くなるということかもしれません。100万部を超えた宝島社のSWEETが良い例ですね。

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今の職場でミスをした場合、上司にミスの現状と原因を報告し指示を仰ぎ、ミスへの対応が終わると再発防止策が講じれらます。この報告→原因特定→対処→再発防止というフローは一般的だと思いますがパワハラ会社では全く違うのでした。

私のいたパワハラ会社は酷い減点社会で「業務でミスをおこしてはならない」という超人しか生きていけない建前だけの社風がありました。そのため仮に部下がミスを起こした場合、上司達は自分達に火の粉が降り減点対象とならないように「無能な部下が単独でミスをした」という事実認定と責任追及がはじまる訳です。ミスは仕事につきものですし如何にミスをカバーするかが重要なのですが、パワハラ職場では責任追及に時間を費やし対応は後手後手になっていました。

特に前職では若手がミスをするため怒鳴られていましたが、これにはちょっとしたカラクリがあったと退職してから判明しました。なんと中堅以上の複数の従業員は、ミスをしても上に報告せずなぁなぁにしていたのです。ミスを隠してもいずれ表面化するのですが、その時には異動になっていたり担当が異なっていたりするため責任追及されないことを見越していたのです!こんな社風だったため重大はミスも隠蔽され、リーマンショック後にそのミスが一気に表面化し業績はものすごいことになっていくのでした。

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久しぶりにおばさんの家に行くことになった。おばさんというのは叔母さんではなくて、伯母さんでもなくて、赤の他人だ。十代の終わり、ファミリーレストランでアルバイトをしていて、それで知りあった。私は皿を運び、彼女は皿を洗っていた。おばさんの家はほとんどお屋敷といっていいような構えで、私は一年のあいだ、週に一度そこでおばさんの子に勉強を教え、おばさんのごはんを食べた。おばさん親子の部屋は離れで、女中部屋、とおばさんは呼んでいた。息子は小柄で無口で坊主頭の中学生だった。

おばさんがごちそうをつくってくれたのは私のためで、勤め先のある大阪から来た息子は近くで私と少し話して今日はホテルに泊まるのだという。あの人にはあした寿司食わせるんで、と息子は言った。もう小さくはない。全長や体積は男性の平均を下回るのだろうけれども、骨のかたちも顔つきも物言いもすっかり大人だった。話の流れで、おばさん、なんか可愛いから、と私は言う。は、と彼は発声する。

私は彼を見る。彼は私を見ない。口だけが動く。なるほどね、可愛いと思わせる必要がありますからね、自分の力で立つっていう発想が端っからない人間だから、あれは、判断というものをしない、旦那にやらせる、旦那が死ねば出戻って弟にやらせる。台詞がいったん途切れる。私はだまっている。彼は私を見ない。今の彼はもちろん坊主ではない。今の若い人らしい髪型をしている。

あの男の子が坊主だったのはスポーツをしていたからとか、そんなのではなくって、眠っているあいだに自分で自分の髪を引き毟ってしまうからなのだった。母屋の主である彼の叔父は気が向くと彼を呼んで晩酌の相手をさせた。彼は正座してお酌をして話し相手になった。彼は叔父の気に入らなかった。可愛い顔をしていたけれども、女ではなかったし、賢しげで生意気だったからだ。叔父は彼のいろいろを否定することを娯楽にした。その遊びは発展を遂げ、彼は叔父の命令により、鏡に向かって「僕はバカです」と百回言うようになった。鏡の中の目をしっかりと見るのがきまりだった。彼の髪が三分の一ばかりなくなり、まぶたの痙攣が止まらなくなると、「僕はキチガイです」というバージョンが加わった。

母が叔父に文句を言わなかったのは離れに住んで母屋に庇護されていたかったからで、つまり僕は母に売られたのですが、僕はやさしいので大人になってから年に一度はご馳走してるんです、そうしないと叔父とか従兄弟とかがだめになってる情報が入らないんで。いま叔父はアル中だし、従兄弟はニートです、俺が叔父のおもちゃになってるあいだ本物のおもちゃで遊んでたあいつです。

従兄弟さんは何もしていないのと私はたずねる。してませんと彼は言う。むしろゲームとかくれた。ナチュラルに偉そうだったけど、ひどいことはしなかった。でも、人格なんか関係なく、従兄弟がだめになればなるほど、俺はうれしくて、詳しい話を聞かずにいられないんだ。湯水のように甘やかされて誰にも踏まれなかったやつが部屋から出なくなって、サンドバックになるのと引き換えに食わせてもらってた俺が一部上場の幹部候補生で美人の彼女持ちだなんてほんとうに愉快で、こんなに楽しいことはないし、だから俺はもっと優雅に華やかに生きなくちゃならないんですよ、先生。

たとえば従兄弟が天使のようなやさしい子だったとしてもだめなの。尋ねるとだめですと彼は即答する。甘やかされた人間は全員もれなく憎んでます。甘やかされた人間が成功するのは愉快じゃないけど同じ程度の成功なら甘やかされてない分だけ俺のほうが優れていることになるので、見下します。甘やかされた人間が失敗したら最高の気分になります。俺はあいつらを憎んでいます。憎んでもいいと先生は言いました。先生のおかげです、ほんとうにありがとう。

もちろん覚えている。中学生の彼に、憎んでもいいと私は言った。叔父が憎くていい、それを押しつぶそうとしなくていい、私はそう思う、と言った。けれども、叔父への憎しみを従兄弟にまで広げ、甘やかされたすべての人間に投影し、それを二十代の終わりに至るまでエスカレートさせ続けるのは、どう考えても正しいおこないではない。私は彼に、あの小さい男の子に、起死回生の武器を与えてしまった。ひどいことをされたのだからひどいことをしてもいいのだという理屈を与えてしまった。彼はそこから生まれる力によって成長し、受験を突破し、社会的地位を得て、苦労した母親に美味しいものを食べさせるのだという。私は首を横に振れず、けれどもどうしても、縦に振ることもできない。

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ココイチの標準的なカレーの価格は600円ほどだ。だが、シンガポールならともかく、そのままの価格で現地に持って行っても、そのまま受けいれられるのは難しい。タイのサラリーマンの標準的な月給は、日本の4分の1から5分の1(たとえば飲食店正社員なら、4~5万円程度)だ。

ということは、600円のココイチのカレーは、日本人の感覚でいえば4~5倍、「3000円くらいかけて、店に行くイメージ」だ。当然、日本と同じ価格を許容できる「海外在住の日本人」を対象にすればおのずとマーケットは限られる。しかし、安くすれば現地のローカルフードとの競合になるし、採算も取りにくい。日系外食チェーンがよく陥るジレンマだ。

そこで、ココイチが採った戦略は、日本では比較的リーズナブルなイメージを、なんと高級ブランドへと、転換することだった。日本式カレーをベースに、オシャレなブランドイメージを実現したのである。

価格を日本と大差ない200バーツ(600円)程度にするかわりに、写真のように、照明を少し落とし、高級感のある内装にして高級ブランドイメージを打ち出した(上の写真)。店内は、ゆったり食事をしてもらえるように一人向けカウンターはなく、テーブルが主体だ(下の写真)。しかも出店は、高級デパートなど超1等地中心に行い、日本式の高級カレー店のイメージを定着させた。

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Apr 15 2014
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実は英語のフォーラムで同じようなことが話題になったのですが、ネイティヴも本当のところは、よくわかっていません。以下は持論です。

「金髪」は古今東西、良きにつけ悪しきにつけ大変に目立ちますよね。アメリカというと、誰もがブロンドだと思い込む日本人もいようかと思いますが、実は頭髪が金きらきんの人など、ごく一部で、やはり非常に目立ち、かつ、金髪は明るい色である上に、毛が細くてフワフワしがちなので、「華やかで派手」に見えます。それで、(ちょっと偏見を煽るような表現で恐縮なのですが)日本でいう「胸の大きい女性」と同じようなイメージを抱かれがちなのだと思うんです。

金髪でない人から見たジェラシーというのも、確かにあるかもしれません。「Blonds have more fun.(ブロンドの人の方がお楽しみが多い→ブロンドは得をする)」なんていう言い方は、金髪のロッド・スチュワートがアルバム・タイトルにする遥か前から流通していました。

現に、アメリカの金持ち界を牛耳る「WASP(ワスプ=White Anglo-Saxon Protestant)」という人々がいます。彼らは呼んで字の如し、たいていアングロサクソン系でドイツやイギリスの宗教文化の流れを汲む白人ですから、きれいな金髪が多いのです。小説『レス・ザン・ゼロ』にも「ビバリー・ヒルズ育ちの友達は、みんなブロンドで、バカ大学に通ってる」と言わんばかりの描写が出てきますが、能天気なボンボンや甘やかされたお嬢さんというイメージもあるのですよね。まあ、個人的には、これが一番の理由かなという気はしているのですよ(笑)。

ちなみに、モンローらが有名になったのが金髪のイメージが定着した理由なのではなく、むしろ順序が逆だと私は思うんですよね。モンローはもともと赤毛でした。確かに赤毛というのもセクシーなイメージがアメリカではあるのですが、どちらかというと、鼻っ柱が強い系のセクシーさで、それをわざわざモンローは、はくち系のブロンドに染めています。

念のために書いておきますと、私が知っているブロンドは、たいてい秀才であり、しゃれっ気がない人もかなりいます(笑)。

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