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Jul 28 2014
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ノルウェーって自分たちのゴミなんかまでスウェーデンに販売してるからな。

こうすることによってスウェーデンは燃料として使えるっていう。

 Comment by Pikalika 2 ポイント

 ↑スウェーデンはノルウェーのゴミに金払ってるのか。なんか酷い取引って感じがする。

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「スウェーデンでゴミ不足が問題になり他国からゴミの輸入を開始」海外の反応

スウェーデン当局は、まるで笑い話のような問題に直面している。何と特別のゴミ焼却場を建設し、そこで生まれる熱を家の暖房や発電用に利用しようとしたのだが、肝心のゴミが足りなかった。Public Radio Internationalが伝えた。

当局は、家庭から出るゴミを、特別の企業で焼却し、その結果得られるエネルギーを国の計画の枠内で利用する考えだった。

ゴミ不足問題を解決するため、スウェーデン当局は最近、隣国ノルウェーを初めとする欧州全体からゴミを輸入し始めた。毎年、約80万トンもの家庭ゴミを輸入するのだそうだ。

スウェーデンはすでに、ゴミの輸入を拒否できない状態にある。本格的な冬を目前に、ゴミ焼却企業の稼働と熱エネルギーは、スウェーデン人家庭の暖房になくてはならないものだからだ。

スウェーデン 外国から大量のゴミを輸入

20 notes

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■1.大きな袋を背負って

 出雲大社に祀られている大国主命(おおくにぬしのみこと)には大勢の兄弟、八十神たちがいた。ある時、稲葉の国(鳥取県東部)に八上比賣(やかみひめ)という日本一の女神がいると聞いて、兄弟で嫁取り競争をする事になった。

 しかし、太古のことで途中には道のないところが多いし、旅館もない。米、味噌、醤油から、鍋釜、寝具にいたるまで、持って行かなければならない。

 そこで、八十神一同で相談して、皆の荷物を大きな袋にいれ、大国主命に運んで貰うよう頼むこととした。大国主命は力持ちだし、また立派そうなので、荷物運びの従者のように見せかければ、八上比賣から選ばれることもないだろう、という魂胆だった。

 八十神たちに頼まれて、大国主命はビックリしたが、自分が荷物を背負わなければ、嫁取り競争も取りやめるしかない、と聞いて、「よろしゅうございます。お引き受けいたしましょう」と答えた。

 こうして大国主命は一人で大きな袋を背負い、八十神たちに従って、歩いていった。その姿はどう見ても従者としか見えない。

__________
 しかし、大国主命は、決して
「自分はお供ではないぞ」
などとは仰せになりません。

 平気な顔をして、黙っておいでになります。お顔を見ましても、少しも自慢そうな様子はなく、少しも悲観した様子もなく、少しもお怒りになる様子もなく、まことに元気よく、ニコニコしておいでになります。[1,p35]
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■2.『古事記』に凝縮された古代日本人の心映え

 最近、刊行された『新釈古事記伝』の一節である。書名は厳めしいが、文章は小中学生にも読める平易なものだ。しかし『古事記』のおとぎ話風の物語から、著者は自らの心に映った大和民族の深い理想を解き明かしていく。

 著者は阿部國治氏。戦前の東京帝国大学法学部で英法学を学び、副手になったが、その後、同じく東京帝大で印度哲学科で学び、首席で卒業した、という人物である。そのまま進んでいれば、帝大教授か高級官僚への道が約束されていたろう。

 しかし、阿部氏はそんなエリート・コースを捨てて、疲弊にあえぐ農民救済のために、地下足袋を履いて全国の村々を歩いた。そんな人生を歩んだ人だからこそ、『古事記』に凝縮された古代日本人の心映えが、よく見えたのだろう。

 氏の解き明かす古代日本人の心映えは、泉から湧き出る清冽な水のように、現代の子供達の心に新鮮な潤いを与えるだろう。大人も、その水で喉を潤すことで、多忙な毎日を生き抜く元気を与えられるに違いない。そのごく一端をご紹介したい。


■3.稲葉の白兎の感謝

 八上比賣に会いに、稲羽の国に向かう一行は、白兎(ウサギ)に出会う。白兎は隠岐の島に生まれて、ワニを騙して、本州に渡ったのだが、騙されたワニが「痛い目にあわせて、少し考えさせよう」と、皮をはいで、陸の上に放り出した所だった。

 兎は痛くてたまらずに泣きだした。「ワニの奴め、いくらなんでも、こんなにしなくてもよいではないか」と思って、ワニを恨んで泣いた。

 しかし、ワニはなぜ自分を赤裸にしただけで、なぜ海に放り込んで殺さなかったのだろう、とふと思うと、「ワニは自分を反省させようとして、こうしてくれたのだな」と気がついた。

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 すっかり気がついた兎さんは、心から後悔しました。「決して、もう嘘はつきません。人様に迷惑をかけて、馬鹿呼ばわりはいたしません。ほんとに立派な兎になって、ワニの好意に酬いたい」と思いました。[1,p22]
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 あまりの痛さに泣きながら、「どうぞ、神様、私の身体をもとどおりにしていただきとうございます」と祈っている所に、八十神の一行がやってきた。

 八十神たちは、兎に海の水を浴びて、塩をからだにつけ、日向で乾かしなさい、と教えた。兎は神様の仰せられることだから、と思って、その通りにしたら、痛みがひどくなって、さらに泣き苦しんだ。
 そこに、一人遅れて大国主命がやってきた。兎から訳を聞くと、「私の兄弟たちがからかって、すまない事をしました」と謝りつつ、川の水で塩を洗い流し、日陰の風の当たらないところで静かに寝ているように教えて、介抱してやった。それで兎はすっかり治った。

 兎は、こうして念願だった本州にも辿り着けたし、ワニにゆがんだ心は叩き直してもらったし、大国主命のお陰で、もとの身体に戻れたので、心から感謝した。そして、大国主命に「あなたこそ本当に立派な方です。八上比賣様は、必ずあなた様をお婿様となさるに違いありません」と申し上げた。

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■4.八上比賣の断り

 八十神たちは稲葉の国に着き、八上比賣に「どうぞ、この中からお婿様をお選び下さい」と申し出たが、八上比賣はきっぱりと断った。

__________
 皆様のように、どんないろいろな技をご修行になっても『嫁取り競争』というような、この上もない大事な真面目な旅行にお出かけになるのに、その旅行に必要な道具を、ご自分でお背負いにならないような方は、本当に真面目な人とは思いません。

 それにひきかえて、大国主命様は皆様の嫌がる荷物を全部お引き受けになった、どう見てもお供としか見えないのに、平気な顔をして、しかも皆様より遅れて、ひとりでおいでになっております。

 それだけではありません。

 皆様は稻羽の兎にお会いになって、何をなさいましたか。あの兎は後悔をして、泣いて祈っておったのであります。ワニすら、その兎を殺しはしませんでした。それなのに、皆様は兎をおからかいになって、慰みものになさったでしょう。

大国主命様はそれを後からおいでになって、親切にお治しになってやったのでございます。あなた方は、不真面目な呑気な方々で、まだ本当に立派とは申し上げられません。

 ですから、できることなら、私は大国主命様のような方のところのお嫁入りしたいと思います。[1,p44]
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 この八上比賣の言葉に、八十神たちは、一言も弁解できなかったことと思います、と著者は想像している。


■5.「他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」

 阿部氏は、この『古事記』の一節を、次のように解説している。

__________
 大国主命は八十神たちが荷厄介に思われ、面倒に思って嫌われた旅行道具を一切引き受けて、大きな袋にお入れになり、これを背負われました。この袋を背負われる気持ちが非常に大切だと思います。

「できるだけたくさん、人さまの世話をやかせていただくことが立派なことである」と教えられているのであります。

「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」と、教えられているのであります。

 しかも、この教えを徹底的に明らかにするために、大国主命は、お供になっておられます。お供になるというのはどういうことかと申しますと、これは、人さまの世話をしたり、人さまの苦労を背負い込んだりすると、自らの心のうちに喜びを感ずるだけではなくて、
「自分はこういうことをしてあげているのだから偉いな」
という誇りの気持ちが起こってまいります。

 それだけではなく、相手の人や世間から、
「これだけのことをしているのから、感謝してくれるのはあたりまえではないか」
という気持ちさえ起こってくるものです。

 このように、人さまの世話をやかせてもらって偉いと自分で思ったり、世話のやき賃を求めたりするようではいけない、と教えられているであります。[1,p50]
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「できるだけたくさん、他人の苦労を背負い込むことを喜びとせよ」というのが、阿部氏の言う「ふくろしよい(袋背負い)の心」である。


■6.「偉くなる」とはどういう事か

 大人は、青年や少年に向かって「偉くなりなさい」と言う。しかし、「偉くなる」とはどういう事か、はっきり教えていないし、自分自身でも分かっていない。

 そのために青少年が、有名大学に入って一流企業に勤めることが偉くなることだ、あるいはそこで出世して、部長や役員になった人がヒラ社員より偉い、と誤解する。そこに無益な競争が始まる。

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 つまり、間違った目標を立てて、無理な競争をした結果、どういうことになるかというと、成功した人たちは「自分の力で成功した」と思って、己惚れの気持ちを起こします。成功し損なった人たちは、表面はおとなしくしておりますが、内心は成功した人たちを羨みながら、反抗心をもっております。

こうして、世の中は、自惚れの人たちと、卑屈の人が多くなりますから、不安定な気持ちの悪いところとなります。[1,p54]
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「袋背負いの心」に目覚めれば、組織上の地位と真の偉さとの違いが分かってくる。

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 この教えから言いますと、ヒラ社員はヒラ社員で立派な職分ですから、ヒラ社員の「ふくろしよいのこころ」でやればいいのでして、偉いか偉くないないかは「ふくろしよいのこころ」の自覚の程度と、その実行の程度で決まってくるのであります。

 ヒラ社員だから偉くない、課長や部長だから偉いということはありません。課長や部長はなおさら「ふくろしよいのこころ」を忘れてはならず、社長であれば、いっそうこれを徹底しなければならないのであります。[1,p54]
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■7.「袋背負いの心」こそ日本人の理想

 阿部氏は、この「袋背負いの心」こそ、日本人の心、すなわち「大和魂」だとする。そして、二宮尊徳、吉田松陰、西郷隆盛、乃木希典など、わが国で尊敬されてきた人々は、みなこの「袋背負いの心」を持っていた、と言う。

 たとえば、乃木大将は日露戦争で大功があったが、部下の多くを亡くした事から、その後の俸給の大半を遺族の生活費や傷病兵の医療費に充て、まさに人々の苦を自ら背負って生きた。[a]

 二宮尊徳も、その一生をひたすら、多くの農村の復興に捧げた。その志は、ただただ農民が安定した生業ができるように、という願いから出ていた[b]。 人のため、国のために生涯を捧げたという生き方においては、吉田松陰[c]も西郷隆盛[d]も同様である。

 戦後教育は、これらの人々の偉さを教えなくなったが、その結果として、どのような人物が「偉い」のかが分からなくなり、単に良い学歴を持って、出世することだけが「偉い」と誤解するようになった。これは人を騙しても、嫁取り競争に勝てば良いとする八十神たちを育てているようなものである。

 数千年前の太古の昔から「袋背負いの心」こそ貴い、と信じた我が祖先に比べれば、現代日本人の心の貧しさは明らかである。


■8.思いやり社会の源泉

 そんな現代日本においても、社会全体としての他者への思いやりや深切さは国際社会でも群を抜いている事は、日本にやってきた多くの外国人が語っている[e]。また、東日本大震災の中でも、思いやりに満ちた被災者たちの行動は、世界を驚かせた[f]。

 それは、学校教育こそ歪んでしまったけれども、家庭や地域での子育てで、無意識・無自覚のままにも「袋背負いの心」を伝えてきたからだろう。また「袋背負いの心」をそのままに示されてきた皇室の影響も大きい。

 その思いやりの心は、実は太古からの神話が伝えてきた我が先人たちの理想であったことを『新釈古事記伝』は明らかにした。思いやり社会の源泉は、実はすぐ足元にあったのである。しかも、子どもたちにも親しめる物語として。

『新釈古事記伝』は、さらに大国主命が成長して、国土作りに向かっていく様、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と天照大神(あまてらすおおみかみ)の物語など、古事記の名場面をとりあげて、古代日本人が理想とした所を説いている。

 大人たちがこの本を読んで、家庭や幼稚園、小学校などで子供たちに話して聞かせたら、我が国は「袋背負いの心」を持った子どもたちで充ち満ちていくだろう。そんな立派な国を目指したいものである。
(文責:伊勢雅臣)

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私は、ずっと日本の精神医療について、危険性を感じています。いや、厳しく言えば、精神科や心療内科、神経科を一回解体すべきだと考えています。
日本の精神科医のほとんどは、投薬による治療に専念します。でも、環境要因による後天的な精神疾患を、環境を変えることなく、精神科薬の投与によって、脳自体の活動におおきな影響を与え、環境適応できるようにすることは、本当の意味での治療といえるのでしょうか。
みなさんに聞きたい。何かの病気で医者にかかり、何ヶ月もその病気が治らなければ、その医者は、ヤブ医者。使い物にならない医師となるでしょう。でも、精神科医の場合、何ヶ月も何年も、投薬の量を増やしながら、治療と称して、患者の脳を破壊しています。これは、許されることなのでしょうか。私は、ある意味で殺人行為だとすら考えています。
すべての医師は、その治療計画及び、副作用、治療後の成果について、きちんと患者に伝える義務があり、その行為に責任を取らなくてはなりません。でも、これをきちんとやっている精神科医やこころの病の治療に関わる医師はいるのでしょうか。
今、我が国では、100万人がうつ病認定を受け、1.100万人が、こころの病の治療を受けています。彼らの受けている治療は、ほとんどが恐ろしい精神科薬の投与のみです。ここで、使われている治療費は、2兆6000億円に及びます。ほとんどが薬代です。
しかも、日本は、世界で数少ない、向精神薬の複合投与をする国です。危険な向精神薬を何種類も患者に投与します。みなさんに聞きたい。かぜを早く治したいからと行って、ブロンやセデス,ルルやバッファリン、葛根湯を一度に飲んだらどうなりますか。
今、精神医療に係っている人へお願いです。必ず医師に、治療計画及び副作用をきちんと書類で書かせて下さい。そして、治療がきちんとできなかった場合は、完治しなかったり、それによって症状が悪化した場合は、医師を訴えることを伝えて下さい。まずは、ほとんどすべての医師が、治療を拒否するはずです。その医師は、使い物にならない医師です。それをきちんとしてくれた医師から治療を受けて下さい。
私は、あまりにも、精神医療によって壊され殺された子どもたちを見過ぎました。昨日も、一人失いました。

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