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Jul 22 2014

敬語だと思っている(教えられた)けど、実は敬語として、つまり日本語の構造上敬語としておかしい表現がけっこうまかり通っている。敬語の存在そのものを問い直す必要も本来はあるが、それはおいといて、よくある誤りを紹介する。


1.「見える」をよそで使うと

名古屋に来て初めて知ったが、この地方では「見える」を「いる」の尊敬語として使っている。
「先生見えますか?」と聞かれて、私に何が見えればいいのか戸惑った。だから名古屋周辺の人に言っておくが、「見える」を「いる」の尊敬語として使うのは全国区ではないということは知ってほしい。
「いる」の尊敬表現は「いらっしゃる」(ちなみに謙譲表現は「おる」)。「見える」は普通は、見るの可能表現(「目が見える」)であり、見るの尊敬表現は「ご覧になる」。「お見えになる」という尊敬表現もあるが、その場合は「現れる」の意味だ。だから「先生が見えた」という表現は、「先生が現れた(来た)」の尊敬表現としてならなんとか通用する。でも「先生がいた」という意味としては通用しにくい。
だから「きのう、先生見えたよ」という表現は、「きのう、先生はいたよ」ではなく、「きのう、先生が来たよ」という意味としてなら通じる。


2.「できかねます」は失礼

「~かねる」は「~ない」の婉曲表現であって、どうころんでも敬語ではない! これをビジネス敬語だと教える日本語知らずの日本人がいるらしい。「できかねる」は「できない」のつまり「ない」という否定表現を避けて言い換えた婉曲表現にすぎない。 これを敬語化すれば自分が主語だから謙譲語を使って「いたしかねる」となる。つまり「かねる」の部分は敬語化する前と変化していない点が、「かねる」が敬語でない動かぬ証拠。
婉曲表現というのは、普通は、後ろめたさ・言いにくさの気持ちを伝えるメッセージであり、必ずしも敬意はこめられない。たとえば「死ぬ」を「亡くなる」というのも婉曲表現(だから「身内が亡くなった」と言ってよい。尊敬表現は「お亡くなりになる」)。さらに、「できません」のかわりに「できかねます」あるいは「いたしかねます」と言われても、否定形が肯定形に変化しただけで、後ろめたさの気持ちが表現されず、無愛想な印象は消えない。ということは断ることへの「後ろめたい・申し訳ない」という気持ちがそもそも「かねる」には存在していないのだ。むしろ「ハナからやる気がない」というメッセージさえ伝わる。結局、ただ「できません」と言っているのと(気持ちにおいても)差がない。つまり「できない」と「できかねる」とは全く等価であり、言い換える必要がないのだ。
真に後ろめたいなら、「申し訳ありません」という気持ちを直接表現した言葉を付け加えるべき。敬語が敬意の表現であるように、言葉というのはなぁ、気持ちを表現するものなんだよ! 
そして「できない」というよりも「難しい、無理」という方が「やりたくても…」という誠意が表現される。だから「ない」正しいの婉曲表現は「難しい・無理」になる。つまり顧客に対する誠意が表現されてこそ、真の敬意の表現となるのだ。客の要求を断るということは、客の心を傷つけ、客を失うリスクを背負うのだ。そのリスクを怖れる心をもつべし。
以下の会話から、お願いした側の印象をくらべてみよう。

1.「お願いしますよ」 「できかねます」
2.「お願いしますよ」  「いたしかねます」
3.「お願いしますよ」 「申し訳ありません。無理なんですよ」

最後に作法ではないが、顧客などに無理な要求をされて断る場合、どういう表現がいいか。といってもその場で断るのではなく、間をおいて次回にダメだったといえば、(その間何もしなくても)誠意が表現される。営業は顧客の(個人的)信頼を失ってはならない。

「申し訳ありません。ネバッてみた(いろいろ当たってみた)のですがダメでした。」

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ボールが転がり、拾いに走った先。
おじさんが先に拾っていて、笑顔でボールを手渡してくれました。
そして「おじさんの家に来ない?かわいい猫がいるよ」

…と、ここまで話して、
3才娘に「さあどうしたら良いでしょう?」と聞いたら
蒸気した笑顔で「うんっ!行く♪」と答えてきました。
「もう~っ知らない人には付いてっちゃダメなんでしょ~っ」
保育園の訓練も全く染み付いていません(>_<)

で、私本人の話に戻りますが、
私もアホだったので「うん、猫見たい!」と答え
「待ってて!おばちゃんに言ってくる♪」と走って戻りました。
おばさんは驚き「良かった、付いていかなくて!」
私はその反応にやっとハッとしました。
もちろん、おじさんはいなくなっていました。

おじさんはとても優しそうだったのです。
笑顔でボールを拾ってくれて、猫を飼っているという。
学校や家庭で優しい人に囲まれている子供に
「優しい人」を疑うことは難しいのです。

不審者2 

迷わずに、
「待ってて! 誰かに言ってくる!(*^▽^*)」


この体験から私が思う必要な訓練は
「知らない人についていかない」といった言い聞かせではなく
知らない人に誘われたら、「誰かに言ってくる!」と答えて、
誰かに言いに行く。 という訓練だと思うのです。

小学校でも、幼稚園でも、

先生:「知らない人に道を聞かれたら?」
子供達:「待ってて、誰かに言ってくる!」
→「誰か」を見つけに走って伝える。

先生:「じゃあ、知らない人がお母さんが病気だよ早く乗って!と言ったら?」
子供達:「待ってて、誰かに言ってくる!」
→また「誰か」を探して伝える。

つまり知らない人を疑う判断を子供にさせるのではなく
「待ってて、誰かに言ってくる!」
これを必ず言うことを教育するのです。

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では、この面白さを確信する能力(何をデザインするのかを決められる能力とも言い換えられるだろう)はなんなのかというと、2つの要素から出来上がっていると、僕は思っている。

1)ゲームに対する知識
素人のほうが良いゲームを作れるなんてことは基本ない。奇跡はあるかもしれないが、奇跡は奇跡でしかない。たくさんモノを見ているから、使えるか使えないかの判断ができるし、使える様々なパターンやノウハウがあるのだ。あとゲームの世界は恐ろしく変化が早いので、過去のゲームしかプレイしてないゲームデザイナーは基本的に信じてはいけない。

2)想像力
そのゲームが(理想的な)ゲームバランスで完成した時、ユーザーがどのように遊んで、面白く感じてくれるのかを想像出来る力。

そしてこの2つの能力を持つゲームデザイナーが「これって面白いと思うんですよ」といって、unityで書かれたプリプロが出てきたり、テキストが並んだり、身振り手振りで説明されたとき、言っている意味を確認して、それが本当にうまく面白く機能するのかを自分の観点から確認して、頭のなかで想像出来て、初めてゲームデザイナー同士で、そのイメージが共有できて、ゲームを作る方向に進んでいける。

つまり一番最初の部分を説明すると、なんらかのゲームを思いついて、完成したゲームをターゲットユーザーがプレイすることを想像し、そしてこれを(独善的に)面白いと確信し、その面白さを人に説明して共有するプロセスなわけだ。

この出来上がったゲームを想像する力はゲームデザイナーにとって、最も重要な能力だと思っているのだけど、どういうわけか、これは持っている人と持っていない人がはっきりいる。

そして、そういう人に決定権があると、プリプロの想像力が必要な段階で「これは面白くない」とか想像力のない主張をはじめ、ビックリするような仕様変更を要求し、ゲームを壊すのである。
そこのあなた、経験ありませんか?

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67:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/21(木) 01:24:49

初めてこのすれに書き込む

俺は×1で嫁と結婚した
元嫁との間には息子と娘がいた
離婚理由は元嫁の浮気 だが親権は元嫁に行った
元嫁は間男と結婚し、子供達はそこで暮らしていた

子供達とはたまに会えたが、子供達も今の間男が
一応父親のため、あまり親子の感じはしなかった

嫁も子供も間に奪われ、死んでしまいたくなって
無気力に生きていた俺が現嫁と出会い数年後に結婚

子供を作ったらまた逃げられるような気がして
数年作らなかったが、気持ちも癒えてきたので子供を作った

今嫁との子供はかわいい。
今嫁は子供が出来ても、俺を捨てなかった

これから、頑張ってこの子を育てようと思っていた矢先、
元嫁夫婦が事故で死んだ


68:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/21(木) 01:29:44

夫婦で買い物に行く途中、トラックに潰されたそうだ
俺にも連絡が来て、慌てて家に行くと、子供達が飛びついてきた
いつも俺の前でクールだった子供二人が、あんなに取り乱すのは初めてだった

葬儀後、話は当然子供二人の面倒を誰が見るかという話になったが、
元嫁も間男も親はホームに入っていてとてもではないが面倒はみれない

親戚も引き取りたくない、と言った。
二人のうち一人なら、という人もいたが、兄弟を引き離すのはかわいそうにも思えた

子供二人は自分たちがこれからどうなるか幼いなりに考えたらしく、俺に言った

「お父さんのところにいきたい」




正直、困った。
俺はもう今嫁と家庭はあるし、赤ん坊も産まれたばかりだ。
だいたい嫁がいい顔をするわけがない。

だが、子供はかわいい。
泣いて一緒に住まわせてくれ、わがままはいわないから、部屋を
貸してくれるだけでいいから、義務教育が終わったらすぐ出て行くから、
という子供達を見捨てたくなかった


69:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/21(木) 01:33:31

元嫁のところから戻ってきた俺を、今嫁は心配そうに出迎えた
元嫁の浮気で離婚したことも、子供が二人いたことも今嫁は知っている

事故の詳細などを話すと、今嫁はやはり、
「あなたの子供二人はどうなるの」と聞いてきた

観念して話した。
今嫁との生活が大事だった。
子供を引き取るなら離婚だと言われれば、子供には悪いが
今嫁と今の子供をとろうと思うくらいには

だが、今嫁はあっさり「いいよー」といった。
こともなげに。

「まだこの子も赤ん坊だからよくわかんないだろうし、
 逆に今引き取った方がいいよ」

と言ってきた


俺は驚いて、本当にいいのか、いきなり中学生が
二人も増えるんだぞ、おまえの血は入ってないんだ
愛せるのか、大丈夫か、無理をしてないかといった

だが嫁は

「あなたの子供でしょ?なら私の子供だよ。
 あっちが私みたいなお母さんでいいならだけどw」

と言ってくれた


70:名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/21(木) 01:39:41

ものすごく心配だったが、俺は一番望んでいた形だった
そして、子供達を引き取った。

子供二人は最初おびえたり、卑屈になったり反抗期を迎えたりして
今嫁に相当心配もかけたが、本当に今嫁は分け隔てなく育てた
影で暴言を吐いたりすることも愚痴を言うこともなかった

子供二人が大学に行く時、嫁はお祝い会の後、俺に言った

「わたしね、子供三人とも大好きよ。
 上二人は私の血が繋がってないから、正直愛せなかったら
 どうしよう、って不安だった。

 でももう、血のつながりなんて忘れるくらい、二人ともかわいい。
 子供がたくさん増えて、よかった」

本当にいい嫁を貰ったと、俺はそのとき泣いた

こんな嫁ほかにいない。
嫁に先立たれたら俺も死ぬかもしれないw

嫁最高だ!

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仲間由紀恵といえば、数々のドラマや映画に出演し、NHK紅白歌合戦の司会まで務めた大物女優。 最近は、視聴率好調のNHK朝ドラ『花子とアン』で柳原白蓮をモデルにした女性を演じ、脚光を浴びている。

その仲間をめぐり、最近、驚愕の情報が出回っている。なんと、仲間が公安当局の“監視対象”になっている、というのである。

この情報を記事にした「週刊文春」(2014年5月29日号)の一部を紹介しよう。
〈(仲間は)沖縄県出身。伊良部島でマグロ漁船の船長をしていた父親をもち、(中略)本島中部の浦添市で中学卒業まで育った。

2011年には琉球王朝を舞台にしたNHKドラマ「テンペスト」の主役に抜擢され、(中略)「琉球のために命懸けで生きた主人公の強さを表現したい」と地元愛を強くにじませた。
その仲間を注意深く見守るのが公安関係者だ。
「彼女のことを“沖縄独立論者”だとする書き込みがネット上に多くあるのです。その根拠として、沖縄をめぐる彼女の発言がある。例えば、かつて彼女が書いていたブログがそうです」〉

問題の「ブログ」とは「仲間由紀恵のてーげー日記」。現在は閉鎖、削除されてしまっているものの、
かつてこんなことが書き込まれたことがあるという。

「『シティ・ハンター』。カッコイイよね。私の理想のタイプ。サエバリョウと付き合いたい。
もしくは、沖縄県を琉球王国にしてくれる人と結婚したい。する。させて。なーんちゃって」

こうした過去の書き込みのせいか、ネット上にはたしかに、仲間を「沖縄独立論者」と指摘する声があちこちに見られるのだが、「沖縄独立論」といっても沖縄以外の人にはいまひとつピンとこないだろう。

そうした中、大物女優の仲間由紀恵が「沖縄独立論」という「危険思想」を抱いている、と公安当局が危機感を募らせているというわけだ。前出の文春記事で「公安関係者」はこうも語っている。
「独立を支持するグループのサイトに《彼女を琉球国王にすべき》という書き込みもある。民意が刺激されて独立論が広がれば、彼女が担ぎ出されることだってあるかもしれません」

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